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【白兎と10月8日】

音のしない闇の中に、一筋の白く光る滴を見つけた。

ぽたぽたと音も立てずに落ちていく滴は、土の中に染み込む水のようにじわりとにじんで消えていく。

「……?」

有純が不思議に思い滴のあとをおいかけていくと、滴はそのうち白い線になり、道になる。

「……夢?」
「その通り」

有純がつぶやくと同時に背後から声がした。

「白兎!」
「アリス、今日がどんな日か知ってる?」
「今日?」

この地下の国に日付があっただろうか。
首をかしげる有純に、白兎が得意そうに両手を広げて言った。

「今日は君が生まれてきたことを祝う日なのさ」
「それって……誕生日?」
「そうとも言うね」

この世界に誕生日を祝う習慣があるとは知らなかった。

「祝ってくれるんだ?」
「もちろん」

物心ついたころから誕生日といえば憂鬱そうな母親の顔ばかりが思い浮かぶ。
単純に祝われている――それがこの上もなく、嬉しい。

「目が覚めたら君はあちこちに連れられて大忙しだ。一番に祝うためにこうやって……夢の中で二人っきりになろうと思ってね」

ぱん、と上空で小さな音がしたかと思うと、小さくて白い花がいくつもいくつも降ってくる。

「……わぁ」

音のない闇に光る花は雪のようで、幻想的だった。

「どうぞ、アリス」

白兎が有純に抱えきれないほどの白い花束を渡す。

「白兎、ありが――……」

有純の言葉は最後まで続かずに、白兎に花束ごと強く抱きしめられた。

「生まれてきてくれてありがとう、アリス」
「……ッ」
「君がいたから、今の俺があるんだよ」

なんでもないような口調で言われたその一言に、息が詰まる。
生きていてもいい。
生を否定されないことが、こんなにも嬉しい。

「俺も……生まれてきて、よかった。本当にそう思う」

有純は震えそうになる喉で吐息を飲み込み、白兎の胸に顔を埋めた。

「これからいくらでも祝ってあげる。覚悟してなよ」
「うん……楽しみにしてる」

白い花は降り積もり、どんどん有純の視界を埋めていく。
瞬きをすると、光がじわりとにじんだ。
有純はそっと目を閉じる。

* * *

「――アリス」

呼ばれた声で目が覚めた。

「……白兎」
「おはよう。……ああ、泣かせちゃったね」

声の方に顔を向けると、有純の顔を覗き込む白兎と目が合った。
先ほどの闇の中と同じように有純を見る赤い目。

「あれって……夢?」
「そう、夢。俺が一番に祝った。そうだろ?」

自分だけの夢ではなかったのだと自覚すると、目じりにたまった涙が恥ずかしい。
有純は白兎から顔をそむけ、あわてて目元をぬぐった。

「勝手に人の夢の中に入るなよ……」
「違うよ。君が俺の夢の中に来たんだ」
「……ッ」

起き上がろうとした有純の腕を掴み、頬に音を立てて口付ける。

「生まれた日を祝うときには『おめでとう』って言うんだろう?」
「……うん」
「おめでとう、アリス」

白兎は再び強く有純を抱きしめた。

――ああ。今日はきっとこの上もなく幸せな一日になるだろう。
こんなにも自分が生まれたことを喜んでくれる人がいる。
有純は湧き上がる幸せに突き動かされて白兎を抱きしめ返した。

END

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