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【帽子屋と10月8日】

その日は、不思議な日だった。

「おはようございます、アリス」

いつもと同じ朝。
まどろみの中で、帽子屋の声が耳に届く。

「……うん」
「アリス?」
「……もうちょっと……」

体がわずかに沈むベッドの心地よさに、思わず甘えるような言葉が出る。
けれどもずっとシーツに包まっていることができないのも知っている。
有純がこんな風にまどろみの中で懇願しても、帽子屋はやんわりと、けれど有無を言わせない頑なさで起床をすすめてくるのだ。

「もうちょっとだけ……」

分かっていながらも唇は無意識にさらなる眠りを欲する。

「わかりました。また後程参りますね」
「うん……」

手袋に包まった手で頬を微かに撫でられた気がした。
有純の意識は再び眠りの中へと引き込まれていく――。

 

 

* * *

 

 

「――っ!?」

唐突な浮遊感で目が覚める。

「あれ……?」

ひどく長い時間眠った気がした。
いつもなら、有純が寝台から起き上がるまで傍を離れない帽子屋の姿がない。

「帽子屋……?」

有純が不安と共に呟くと、すぐに廊下の向こうから人の気配がした。

「おはようございます、アリス」
「……おはよう」
「今日は天気が良いので庭に食事を用意しました。支度を終えたらどうぞ外へ」
「あ……うん」

帽子屋が部屋を出るために扉を開けると、遠くから微かにDのはしゃぐ声が聞こえてきた。
今日は全員が集まっているらしい。
いったい何の記念のお茶会だろう、と思いながら有純は薔薇の咲き誇る庭へと足を踏み入れた。

「あっ、アリス!」
「アリスだ!」

有純が現れるとDに囲まれる。

「みてこれ!!」
「すっごくおいしそう!!」
「早く食べようよ!」

Dの言うとおり、広いテーブルの上には所狭しと料理が並んでいた。

「おいしそう……」
「でしょ!」
「これぜんぶ、アリスの好きな食べ物なんでしょ?」
「ケーキもあるよ!」
「それにプレゼントも!」
「僕たちからはこれ!」

Dは口ぐちに言うと、有純にクマともリスともつかぬ生き物のぬいぐるみ二つを差し出した。

「かわいいでしょ?」
「僕たちからのプレゼント」
「蛹からはこれだって。難しそうな本」
「帽子屋からは新しい洋服!」
「ぜったいアリスに似合うよ」
「白兎はそこに飾ってあるお花を持ってきたよ」
「猫は……へんなの持ってきたけど」
「受け取らなくていいよ」
「てめぇら!いいかげんにしろよ!」

端に置いてあるプレゼントの数々を指さした双子を、チェシャ猫が追い回し始めた。
帽子屋と白兎はいつものこと、とでも言う風にそれぞれ給仕と食事に専念している。

「どうぞ、アリス」

帽子屋が差し出した皿におさまる料理の魅力にはあらがえず、有純は頷いて席についた。

 

 

* * *

 

 

「いったい今日は何の日だったんだ……?」

寝る時間になってようやく有純は帽子屋に問いただすことができた。
二度寝にごちそう、特大のケーキに至れり尽くせり。
朝から寝る直前の今に至るまで、まるで子供のように甘やかされた一日だった。

「まるで特別な日みたいだ。普通こんなの、クリスマスか誕生日でもない限り……」
「そうですよ」
「……え?」

帽子屋の言葉に、有純は首をかしげる。
そんな有純を見て帽子屋は小さな地球儀と砂時計がまざったようなオブジェをどこからか取り出した。

「これは地上の日にちを表示するものです。地上とこちらでは時間の流れが違いますが――……」

オブジェの中心にある文字盤に刻まれた数字をみて有純は目を見開く。

「10月8日……?」
「そうです。この日付は、あなたにとっても、私たちにとっても特別な日でしょう?」
「まさか……俺のため?」
「いいえ私たちのためです。あなたがここにいること、生まれてくださったこと。これは、毎日祝ってもよいくらいの特別なことですよ」
「……っ」

こんなに甘やかされた誕生日があっただろうか。
有純はまるで自身が砂糖になってぐずぐずと溶けてしまいそうな、胸が熱くなるのを感じた。

「もう……そんなに甘やかして、俺がわがままになっても知らないよ?」
「もっと甘えてくださってもいいんですよ?」
「……ッ」

甘く囁かれ、胸の熱がどんどんあがってくる。
きっと今、耳まで赤くなっている気がする――有純は顔を隠そうとして思わず帽子屋を抱き寄せた。

「……アリス?」
「もう……本当に、そんなこと言って……」
「真実ですから」
「誕生日なら……もう少しだけわがまま、言ってもいいかな?」
「何なりとどうぞ、アリス」
「……一緒に寝てくれる?」

消えてしまいそうな小さな声で囁いた有純の言葉を聞いた瞬間、帽子屋は驚いたように目を見張った。

「ごめん……甘えすぎた。こんな風に言葉に出すなんて、子供じゃないのに――……」
「いいえ」

帽子屋は遠慮がちに有純を抱きしめ返す。

「こんな可愛らしいお願いをしていただけるなら、毎日でも誕生日を祝うべきですね」
「何それ……」
「私は本気ですよ。それほど――……あなたのお傍にいられることがうれしいのです」

帽子屋はそう言うと、有純の額に口付けた。

「お誕生日おめでとうございます、アリス」
「……ありがとう」

有純はまた頬が火照るのを感じ、帽子屋の肩に顔を埋めた。

 

 

END

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