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【チェシャ猫と10月8日】

目の前には、不思議な色の木の実。

「……なんだこれ」

ふと廊下に出ようと扉に手をかけた時に、足元にあるそれに気づいた。
有純は小さな木の実を拾い上げる。
鈍色に光る丸いどんぐりのような形のそれは、銀でできた飾りのように見えた。

「……?」

有純は不思議に思いながらも廊下に出る。

「あれ……?」

数メートル先にも同じ木の実が落ちている。
そのまま木の実の道しるべを追いかけていくと、森の中に入った。
そのころには、銀色の粒は片手でいっぱいになっている。
もういい加減この不思議な銀色のあとを追うのをやめようか――そう思ったころだった。

「……?」

最後の銀色の木の実の先には、銀色の梨のような、林檎のような形のものが柔らかい芝生の上に鎮座していた。
手に取ってみると、ずっしりと重い。
食べられるものではなさそうだ。
きっと、置物かペーパーウエイトにしたらちょうどいいだろう。
そんなことを考えながら有純はさらに奥を見る。

数メートル先には布のかかったバスケットがあった。

「……サンドイッチ……?」

バスケットの中にはお菓子やサンドイッチが所狭しと詰め込まれている。

「確かにそろそろお腹が減ってきたけど……」

どうしたものか、と思いながら有純はバスケットを抱えて先に目をやる。
視線の先には小さな紙が置かれていた。

「……押し花?」

紙――小さなカードには薄紫色の花の押し花が挟まっている。
有純はカードをバスケットの上に置いて更に先へ進む。
ふと気が付くと視界の端に湖が見えた。ずいぶん歩いてきたことになる。
岩場の中、ひらべったい石の上にまたしても紙が置いてあった。
クリーム色の布の上に大事そうに置いてあるそれは、先ほどよりも大きいカードだ。
綺麗な装飾がしてあるカードを開くと、読めない――けれど明らかにぎこちなく汚い文字で何かが書いてある。

「……『お』……?」

かろうじて一文字目がひらがなのようだという見当がつく。

「お……?」
「ちゃんと読めよ」
「……っ!?」

不意に頭上から声がして有純は肩を跳ねさせる。

「チェシャ猫……?」
「地上の文字だろ。ちゃんと読めよ」
「……読めないんだけど」
「嘘つくな」
「嘘じゃない」

有純の言葉に、チェシャ猫はいらついたように尻尾を上下させる。

「腹減った」

ため息を吐いたチェシャ猫は、有純の傍の岩に腰かけるとバスケットに視線をやった。

「あ……サンドイッチ、あるけど」
「食う」

ぎこちない空気のまま、有純とチェシャ猫はサンドイッチや菓子類を無言で食べる。
有純は手元に残ったカードを見ながらなんとか解読を試みるが、どうにも最初の一文字以外が読めない。
チェシャ猫に問いただそうかと迷っているうちに、手の中の食べ物はすべてなくなってしまった。
残っているのは数々の小物とカードだけだ。

「なぁ、チェシャ猫」
「ほらよ」
「わっ!?」

不意に手の中に花の固まりが降ってきた。

「何だよこれ……?」

よく見るとそれは薄紫色の花でできた花冠だった。小さなカードに挟まっていた押し花と同じ花だ。

「きれいなやつだ。これなら文句ないだろ」
「……?」

――もっときれいなかんむりがいい。

不意に、微かな既視感を感じた。

――たんじょうびには、すてきなプレゼントがいっぱいもらえるんだよ。

「ええっと……」
「この世界には日付がないから、だいたいこれくらいの季節の時ってことにした。……お前が言ったのに、覚えてないのかよ?」

――チェシャ猫、たんじょうびないの? じゃあぼくと同じ日にしようよ。このお花あげるね。あと、かくものかして。こうやって……『おたんじょうびおめでとう』ってかくの。はい、あげる。

「せっかく俺が書いてやったのに……」
「このカード? チェシャ猫が?」
「……」

有純の言葉にチェシャ猫は視線を外しそっぽを向いてしまった。

「もしかして……誕生日?」
「そーだよ」
「もしかしてお前も、誕生日?」
「……しらねーよ」

チェシャ猫は今度は完全に有純に背中を向けてしまった。

「……思い出した」
「嘘つけ」
「ほんとだって……これ、全部俺に?」
「ちげーよ」

有純は手の中の花冠を見る。
うっすらと記憶にある花冠は、もっと不恰好だった。
このたくさんの花の集まりが、すべて自分のために作られたのだと思うと有純の中にどうしようもない嬉しさが込みあがってきた。

「――っわっ?! 何だよお前! 急によりかかるな!」

思わず背後から押すようにして抱きついた有純に、チェシャ猫は尻尾の毛を逆立たせる。

「いいだろ……なんか、すごく、……嬉しかったんだよ」
「……そーかよ」
「うん。……ありがとう、チェシャ猫。あとお前も、誕生日おめでとう」
「……どーも」

そのまま有純はチェシャ猫の肩に顔を埋めた。
時間がたって、顔をあげて目が合ったらきっとお互いどうしようもなく気まずくて恥ずかしいだろう。
けれど今は、その時のことを考えないようにしよう、と思った。

 

 

END

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